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参院選
昨日の話ではありますが、参院選投票所入場券が郵送で届いていました。

投票日は7月11日ですが、昨日から7月10日までは期日前投票が出来るので、
投票日が実質増えたようなもんでしょうね。

kakutou-koyaku.jpg
先日の新聞には各党の公約が載っていたので、投票の参考にしようと抜き取っておきましたが、
何処に投票するかは悩ましいところです。

人口の年齢構成という観点から考えると、20・30代の人が全員投票しても、40・50代の人が全員投票すれば、若年層は多数決で不利になってしまうので、投票する気が若干失せますが、もう少し考えて一票投じてこようと思います。。

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日常生活 | 08:45:41 | Trackback(0) | Comments(0)
放送局も倒産する時代か
愛知県と静岡県浜松市周辺が放送エリアの愛知国際放送(radio-i)が今年9月30日をもってラジオ放送サービスを終了し、廃局するというニュースが入ってきました。
コミュニティFM局以外では廃局第一号となるようです。

外国語FMラジオ放送「RADIO-i」が閉局発表-リスナーから惜しむ声相次ぐ サカエ経済新聞

この愛知国際放送はバンテリンなどで有名な興和の完全子会社なわけですが、その興和の経営不振で子会社に見切りをつけたのと、ラジオの広告収入も不振で愛知国際放送単体で黒字化できる見込みが無いということと、出資するスポンサーや譲渡先も見つからなかったというのが廃局の原因でしょう。

事情が違えどかつては、近畿放送(現KBS京都)やエフエム九州(現CROSS-FM)が経営破綻し、別会社によって再建されてきました。
つい最近も兵庫県域のKiss-FMKOBEが経営破綻し、JFN(Japan Fm Network)から除名されました。
JFNからの番組供給が打ち切られることになるので、Kiss-FMKOBEは番組を100%自社制作出来なければ放送する番組が無くなるという存続危機に陥っています。(私は当時のことは知りませんが、かつてこの局はどのネットワークにも属しておらず、番組のほとんどを自社制作していたはずです)
事業譲渡の目処がついてきたのか、JFNはKiss-FMKOBEに対する番組供給期限を9月末まで延長しているので、とりあえずは放送は継続されているようです。

テレビも広告収入が激減したと聞きますが、ラジオはもっと厳しいんでしょうか!?

放送受信 | 20:50:03 | Trackback(0) | Comments(7)
路面電車が直通へ?
今日の富山のローカルニュースでは「富山市が富山地鉄上滝線と路面電車を直通運転させるという基本計画をまとめた」というのが報道されていたようです。

上滝線活性化策、路面電車乗り入れを  北日本放送

地図でいうと「2」で示しましたが、南富山駅を介して乗り入れるようですね。
ちなみに「1」は新幹線開業後、富山ライトレール富山港線と接続して直通運転をするようです。
chokutu-syourai.jpg

先日もこのBlogで触れましたが、富山の路面電車は昭和40年頃まで郊外の線と直通運転をやっていました。
そして、昭和40年頃に直通電車が無くなってから約40年の間、郊外から富山の中心繁華街である西町(にしちょう)までの直通電車が走っていないという状態が今も続いています。

例えば、西日本最大の乗降客数を誇る大阪駅はどれだけの線が乗り入れているでしょうか。
ざっと挙げると
JR京都線、JR神戸線、JR宝塚線、大阪環状線、阪和線・関西空港線快速、大和路線快速
阪急京都線・神戸線・宝塚線
阪神本線
北大阪急行線・地下鉄御堂筋線
これだけあるわけです。
北新地も含めると
JR東西線、学研都市線、おおさか東線も入ります
「キタ」の繁華街へはこれだけ多くの線が直通しているわけです。
それ以外にも、東京の池袋なぞは東武東上線、JR埼・・・え、もう続けなくていいですって?はい。。(笑)

とりあえず上滝線への直通が開始されれば、今よりは良くなりますね。
直通するには技術的な課題があり、それは
・電圧の違い
・ホームの高さの違い

の主に2つだそうです。

電圧の違いに関しては複数電圧対応の車両を新たに用意することでクリアし、ホームの高さの違いに関しては路面電車用の低いホームを新たに設置して対応するとのこと。
線は違えど40年前には直通運転をやっていたわけですから、妄想ではなく現実的なことだと思います。

富山ライトレール富山港線との直通も開始されれば、南北は中心部まで直通することになりますが、東西は最低1回乗換が必要なのは変わらないということですよね。。。
それとも、富山地鉄の本線や立山線、JR北陸線にも路面電車を直通させるつもりでしょうか?
マニアック的にいえば、交流電化の北陸線に路面電車が走っていたら面白いですね。
パンタグラフから供給するのが交流電源という路面電車なんてありませんから^^;

やはり、今現在各方面から乗換不要の直通で来れるのは富山駅なわけですから、将来的に富山駅周辺に大型病院や大学のキャンパス、図書館や美術館などの集客が見込める施設を集中配置し、繁華街を形成すべきだと思います。

西町・総曲輪地区にシネコン建設や図書館移転などの再開発の動きがあるということを、先日触れました。
図書館を移転する新再開発ビルにはガラス美術館というのも入居することになっているようです。
このガラス美術館の来館対象者は一体誰なのでしょうか?
地元の人でしょうか?新幹線で来た旅行者でしょうか?
地元の人が対象なら、乗換不要で到達できる富山駅周辺の方が便利ですし(車利用なら関係ないかも)、新幹線で来た旅行者にとっては新幹線が発着することになる富山駅周辺の方が訪問しやすいと思うのですが・・・。

仙台や広島や福岡や熊本などがそうですが、中心繁華街が栄えている都市というのは繁華街の近くに交通結節点(各路線の終着駅やバスセンター)があり、大型病院などの公共施設も近くにあるというのが共通しているように思います。

鉄ネタ | 22:55:07 | Trackback(0) | Comments(2)
富山の中心市街地再開発について思うこと・・・。
最近、衰退した富山市の中心市街地の再開発に動きが出てきています。
それについて思うことを少し論じてみようと思います。
富山市の路面電車の歴史をさかのぼって見ていきます。


昭和30年(1955年)頃の富山市の路面電車運転系統はこのようになっていたようです。s30.jpg
もしかするとこれ以外の運転系統が存在したかもしれませんが、なにせ55年も前のことですので、記録を見つけることが出来ませんでした。
郊外へ通じる射水線(いみずせん)直通笹津線(ささづせん)直通の電車が存在していたというのが画期的です!
平成に入って22年経った現在、富山市内路面電車を富山ライトレール線の岩瀬浜までと富山地鉄上滝線の岩峅寺まで直通運転させる計画案が存在しているのです。
なんと、その計画と同じようなことが55年も前に行われていたとは夢にも思っていませんでしたね^^;

射水線は射水市(旧新湊市)を経由し高岡まで繋がっていました。
笹津線は旧大沢野町の笹津まで繋がっていました。
s30-imizu,sasazuline
射水線と笹津線直通電車の経路です。
この沿線に住んでいた人たちは、富山の繁華街(西町)まで乗換無しの直通で行くことが出来て、さぞかし便利だったことでしょう。



次は10年後の昭和40年(1965年)頃・・・。
s40.jpg
この頃は全盛期だったようで、10年前に比べて運転系統がさらに増えて充実しています。
この間、西町~不二越までの山室線が新たに出来ています。
山室線は南富山~不二越大学前~不二越の2系統あったようです。
その反面、射水線直通は新富山駅で打ち切られています。
直通が打ち切られた時点で射水線沿線から富山の繁華街へ行くには乗換を強制させられることになっています。
笹津線直通はまだ残っていましたが、これらの路面電車ネットワークは後々憂き目に遭うことになります。
直通が残っていた笹津線ですが、平行して通っている国道41号が整備されたことによって、車に対抗できなくなり、昭和50年(1975年)に廃止されました。
廃止されたんですから、当然笹津線直通は消滅しました。



射水線は昭和41年に富山新港建設のため、旧新湊市中心部の東側で分断されてしまいます。
分断後は両端をフェリーで繋いでいましたが、結果2回も乗換をする羽目になってしまいました。
富山の繁華街への射水線直通を打ち切ったのは昭和36年7月18日だそうですが、その約2ヵ月後の9月15日に富山新港起工式が行われているので、射水線直通を打ち切ったのはその布石だったようです。
繁華街への直通が打ち切られ、東西で分断された射水線は乗客が半減してしまい、こちらも昭和55年(1980年)に廃止されてしまいました。
(現在、高岡のほうには万葉線という路面電車が存在しますが、これは分断された射水線の西側部分なのです。これは知らなかった!)


この時点で直通2系統は消滅ですね。
それが意味しているのは、郊外から富山の中心繁華街へ行くにはどの方面からも最低1回乗換が必要になったということです。

その後も廃線が相次ぎ、20年後の昭和60年(1985年)にはこうなってしまいます↓
s60.jpg
私が生まれたのは昭和62年ですので、私が知っているのはここからですね。
えらい寂しくなっています。
この時点から平成18年(2006年)までの約20年間は大きな変化がありませんでした。

h22.jpg
平成18年(2006年)に富山ライトレール線が新規開業しました。
これはJR富山港線だったのを路面電車へと転換したものです。
そして、その3年後の平成21年(2009年)に環状線も新規開業し、36年ぶりに環状運転が復活して、現在に至ります。


この一連の流れを見て思ったのが、富山の繁華街(西町)は交通結節の機能が弱くなったということです。
当時の国鉄はサービスが悪く本数が少なかったようですので、直通電車があった富山の繁華街は富山地鉄のターミナルが併設されている国鉄富山駅にも劣らない交通結節があったと言えます。

路線バスも本数が少なくなった上バスターミナルを持たない西町周辺は、公共交通結節機能が弱くなっていて、どの方面からでも乗換無しの直通で辿り着くことができる富山駅のほうが公共交通結節機能は強力です。
chokutu-rosenzu.jpg
富山駅まで乗換無しの1本で到達できる範囲はこうなっています。
(定義は普通や快速電車で約1時間以内で、最低1~2時間に1本は走っている範囲とした)
富山市近郊のほとんどをカバーしているんですよね・・・。

先ほども同じことを述べましたが、富山の中心繁華街(西町)へ行くにはどの方面からも最低1回乗換が必要という状態は昭和42年(1967年)から改善されていません。
それが原因だったのかはわかりませんが、ここ20年で富山の繁華街と言われてきた西町周辺は人通りが少なくなり、もう繁華街とは言えない状態になってしまったのも事実です。

最近、西町・総曲輪地区にシネコン建設や図書館移転などの再開発の動きがあります。
しかしながら、このエリアをかつての繁華街のように再整備するべきなのかを今一度考えるべきだと思います。
公共交通の利便性を第一に考えるなら、現在はJR富山駅周辺の方が良いはずです。


長くなってしまいましたが、最後まで読んでくださってありがとうございます^^
ちびちび書いてきましたが、えらい疲れました^^;
物好きじゃないとこんなに書けませんよね(笑)

鉄ネタ | 20:51:17 | Trackback(0) | Comments(0)

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